2016年2月18日木曜日

庭先の白梅の花が咲き始めた。

気付かずにいたが、庭先の白梅の花が咲き始めていた。
昨日夕方、携帯に友人の訃報のメールが届いた、中居裕恭さん。
中居さんは何処にも所属せず生涯フリーカメラマンでした。
内に秘めたる想いを振れずに写真で具現化していた。

最近は震災、原発問題を取材していた、彼は青森県八戸生まれで
東通原発大間原発に足を運んでいると聞いていた、私も同じテーマ
を追いかけていることから[3.11を忘れない写真家の会」いわき市、県立図書館 展
には一緒に参加もしたし、これからも問題意識を共有したいと思っていた。

原発問題はまだ始まったばかりだ、無念でしょう、やり残した事ばかりでしょう、
突然でしたから・・・
                  合掌。

2016年2月4日木曜日

福島産を選んでいる。

現在、県内の米はどうなっているのか気になっていたら、
朝日のプロメテウスに載っていた。
全袋検査し、安全は確保されているのだが苦戦している。
消費者が「福島の米をあえて買う気になれない」の判断に口は挟めない。

原発事故前は米処福島は生産高4位だった。現在は7位。
この最悪のハンデイの中でよく頑張っていると思う。
楢葉町の農家を尋ねた際「米は何とかなりそうだが、野菜はダメだ」と
話していた。他人に強制は出来ないが、私は福島産と他県産があったら
迷わず福島を選んでいる。(当然か)

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2016年1月24日日曜日

新生かわうち"を創ろう


22日(金)銀座三越で「復興支援セミナー「川内村スペシャル!"新生かわうち"を創ろう!」
がテーマのトークショーがあった。川内村役場、商工会、の人達がプレゼンをした。
「川内とはこんなに素晴らしい村です」とアーピル していた。

川内村に生まれ育った私にしては、「新生川内構想」を楽しみにして行ったのだが
「水がおいしい、、 そばも美味し、地ビールを作りました」だって!
村民は原発事故で避難し帰村もままならず補償もなくなり皆これからの生活に
不安の日々だろうに、この人達の脳天気ぶりは驚いた。

しかし、最後に遠藤村長が「何があろうと故郷川内を無くす訳にはいかない」との
力強い 言葉を聞けたのは収穫だった。

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2016年1月3日日曜日

「犬ならいいよ」

楢葉町の人達が避難している、いわき市の中央台の仮設住宅に行ってきた。
仮設住宅の取材は神経を使う、話はしてくれるが、カメラを持ってると咄嗟に避けられる。

中学生の姉弟が犬の散歩をしていたので[写真撮ってもいい」と聞いた
「犬ならいいよ」と言ってくれた、学校のことや楢葉町の様子を聞いてみたが
口をつむんで何も答えててくれなかった。
「やなこと聞いてごめんね、ありがとう」一礼して帰ってきた。

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2016年1月2日土曜日

笑顔の家族

新年を迎え穏やかな一年を祈念しました。

被災地は木枯らし吹く荒野の風景だが
久之浜の波立薬師寺の初詣で 笑顔の家族を見ました。
お父さん、お母さん、お兄ちゃんも弟も皆笑っている。

久之浜の海岸線は整地されまっさらだ、どんな街が出来るのか。



2015年12月26日土曜日

4町は人口ゼロ

今年も数日となりました、一年原発被災地を見てきました
相変わらず巨額の税金で「目に見える事故処理」除染作業は続いている。

そして先日、原発事故後実施された国勢調査の発表があった。
全住民が避難している富岡、大熊、双葉、浪江の4町は人口ゼロ。
双葉郡内の他の町村も大幅な人口減少、税収も減少し
今後、自治体運営ができるのか、故郷の往く末に不安が募る年の瀬です。

ご愛読感謝します、良いお年を。

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2015年12月17日木曜日

ガラス戸の張り紙。

浪江町津島の避難中の住宅のガラス戸いっぱいに張り紙が貼ってあった。 
文面には避難生活の苦労や悔しさがにじみ出ている。

「今日も暮れ行く仮設の村で 友も辛かろ せつなかろ
            いつか帰る日を想い 一時帰宅」 と結んである。

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