2015年3月29日日曜日

ぜ~んぶ無くなった。

 

浪江町の請戸は除染が始まり、漁港も家も農地もぜ~んぶ無くなった。

残すのか、これから壊すのか「請戸集会所」の建物だけが残っていた。

請戸の歴史も、生活も、思い出も、全て真っ平らなゼロになってしまった。

ここから始まる新しい歴史はどんな風景になるんだろう。

 
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2015年3月27日金曜日

浪江町の今

 

震災から4年を過ぎた浪江町。

現在の様子は震災の日からなにも変わっていない。

青い空も、町に吹く風も当時そのままだが、

人の気配も音もなく、静まりかえった駅前商店街。

2万人いた町民は今もって帰ることが出来ない。

生あるものを根こそぎ奪い取る原発事故の

恐怖が体に纏わり付く。



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2015年3月21日土曜日

彼岸会

お彼岸の中日。

 

家の庭先に、梅と椿とゆきやなぎの花びらが舞っています。

 

今日は千葉市の東禅寺に初彼岸会に行ってきました。

2015年3月13日金曜日

この疎かな被爆地の現状を

 

今日から県内で集められた汚染廃棄物の

大熊町中間貯蔵地への搬入が開始された。

 

大量投入されている除染作業員、集められた膨大な放射能除染物、

兆を越える除染費用。誰も除染で放射能汚染が無くなるとは思っていない。

無駄と解っていても止まらずに進んでいる。

福島の浜通りに行って見て欲しい、この疎かな被爆地の現状を。

 

11日14時46分に作業を中断して黙祷を捧げる作業員の人達がいた。



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2015年3月12日木曜日

3.11

 

2011/3/11 。

あの日から,

もう4年、まだ4年、時が止まったま4年。

それぞれの4年間でした。

 

いわき市小浜の浜は強風のなか僧侶の読経が続いた。

 

2015年3月5日木曜日

言葉が胸を打つ

 
「反原発テント裁判」の続き・・・
国が明け渡しを求め、土地使用料として
1140万円の支払いを命じた判決だった。
                報告会で語った”福島の女たち”の黒田節子さんの
「福島の現状を伝えることは罪ですか、
        原発は要らないと訴えることは咎められることですか」
の言葉が胸を打つ。

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2015年2月26日木曜日

「福島の女たち.」

 
                                                  3・11からもうすぐ4年目を迎える。
                                                 東京の反原発のシンボルとなっていた
                                                 経産省前テント広場の立退き裁判の判決が
                                                 今日、東京地裁で強行された。
                                                 その判決の抗議集会が地裁前で行われた。
                                                 福島の女たちは雨の中、マイクを握り現状を訴えた。

                                                ところで「福島の男」たちはどうした!

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