楢葉町の人達が避難している、いわき市の中央台の仮設住宅に行ってきた。
仮設住宅の取材は神経を使う、話はしてくれるが、カメラを持ってると咄嗟に避けられる。
中学生の姉弟が犬の散歩をしていたので[写真撮ってもいい」と聞いた
「犬ならいいよ」と言ってくれた、学校のことや楢葉町の様子を聞いてみたが
口をつむんで何も答えててくれなかった。
「やなこと聞いてごめんね、ありがとう」一礼して帰ってきた。
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2016年1月3日日曜日
2016年1月2日土曜日
笑顔の家族
新年を迎え穏やかな一年を祈念しました。
被災地は木枯らし吹く荒野の風景だが
久之浜の波立薬師寺の初詣で 笑顔の家族を見ました。
お父さん、お母さん、お兄ちゃんも弟も皆笑っている。
久之浜の海岸線は整地されまっさらだ、どんな街が出来るのか。
被災地は木枯らし吹く荒野の風景だが
久之浜の波立薬師寺の初詣で 笑顔の家族を見ました。
お父さん、お母さん、お兄ちゃんも弟も皆笑っている。
久之浜の海岸線は整地されまっさらだ、どんな街が出来るのか。
2015年12月26日土曜日
4町は人口ゼロ
今年も数日となりました、一年原発被災地を見てきました
相変わらず巨額の税金で「目に見える事故処理」除染作業は続いている。
そして先日、原発事故後実施された国勢調査の発表があった。
全住民が避難している富岡、大熊、双葉、浪江の4町は人口ゼロ。
双葉郡内の他の町村も大幅な人口減少、税収も減少し
今後、自治体運営ができるのか、故郷の往く末に不安が募る年の瀬です。
ご愛読感謝します、良いお年を。
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相変わらず巨額の税金で「目に見える事故処理」除染作業は続いている。
そして先日、原発事故後実施された国勢調査の発表があった。
全住民が避難している富岡、大熊、双葉、浪江の4町は人口ゼロ。
双葉郡内の他の町村も大幅な人口減少、税収も減少し
今後、自治体運営ができるのか、故郷の往く末に不安が募る年の瀬です。
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2015年12月17日木曜日
ガラス戸の張り紙。
浪江町津島の避難中の住宅のガラス戸いっぱいに張り紙が貼ってあった。
文面には避難生活の苦労や悔しさがにじみ出ている。
「今日も暮れ行く仮設の村で 友も辛かろ せつなかろ
いつか帰る日を想い 一時帰宅」 と結んである。
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文面には避難生活の苦労や悔しさがにじみ出ている。
「今日も暮れ行く仮設の村で 友も辛かろ せつなかろ
いつか帰る日を想い 一時帰宅」 と結んである。
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2015年12月10日木曜日
原発事故に翻弄されてきた山木屋
川俣町の山木屋地区でも農地の除染が始まった
原発からは40kmも離れているのだが、飯館村同様避難地区だった。
ここで暮らす人はおそらく原発事故など頭の隅にもなかったと思う。
地震での被害はほとんどなく、原発事故に人々は翻弄されてきた
それだけに住民の苦悩は続く。
当時、この地区の人達が「東電社員に怒りをぶつけても埒が明かない」と
悔しいがる映像がTV で流れていたのを思い出した、今でも思いは同じだろう。
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原発からは40kmも離れているのだが、飯館村同様避難地区だった。
ここで暮らす人はおそらく原発事故など頭の隅にもなかったと思う。
地震での被害はほとんどなく、原発事故に人々は翻弄されてきた
それだけに住民の苦悩は続く。
当時、この地区の人達が「東電社員に怒りをぶつけても埒が明かない」と
悔しいがる映像がTV で流れていたのを思い出した、今でも思いは同じだろう。
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2015年12月5日土曜日
時は過ぎて行く.
浪江の請戸小学校の建物は,当時まま残っている。
保存するのだろうか。
教室の黒板には友達のこと、復興のことなど
前向きに力強いメッツセージが書いてあった。
小学生は戻れなかったはずだから、何時書いたのだろうか 。
時計の針は14:42で止まっている、黒板の「3月の目標」も残っている。
当時1年生は5年生に、6年生は高校2年生か、
請戸は時間が止まったのままだが、それぞれの生徒たちの時間は過ぎて行く。
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保存するのだろうか。
教室の黒板には友達のこと、復興のことなど
前向きに力強いメッツセージが書いてあった。
小学生は戻れなかったはずだから、何時書いたのだろうか 。
時計の針は14:42で止まっている、黒板の「3月の目標」も残っている。
当時1年生は5年生に、6年生は高校2年生か、
請戸は時間が止まったのままだが、それぞれの生徒たちの時間は過ぎて行く。
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2015年11月23日月曜日
心が痛む
浪江の山間部の県道114号線を走ってみた。
津島地区、避難地区で誰ひとり見かけない、もうすぐ5年目を迎える。
震災前に見た津島は、道路は車が行きかい、田畑を耕し、子供は学校へ、
年寄りは商店に寄っておしゃべりをして、穏やかな山村の暮らしをしていた。
わずか5年でこのようになってしまうのか、
これから除染をして元の津島を再生できるとは到底思いない。
原発事故とはこう云うことなのだ。音のない時代劇のセットのような風景を
見て遣り切れない思いになる。
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