今年も数日となりました、一年原発被災地を見てきました
相変わらず巨額の税金で「目に見える事故処理」除染作業は続いている。
そして先日、原発事故後実施された国勢調査の発表があった。
全住民が避難している富岡、大熊、双葉、浪江の4町は人口ゼロ。
双葉郡内の他の町村も大幅な人口減少、税収も減少し
今後、自治体運営ができるのか、故郷の往く末に不安が募る年の瀬です。
ご愛読感謝します、良いお年を。
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2015年12月26日土曜日
2015年12月17日木曜日
ガラス戸の張り紙。
浪江町津島の避難中の住宅のガラス戸いっぱいに張り紙が貼ってあった。
文面には避難生活の苦労や悔しさがにじみ出ている。
「今日も暮れ行く仮設の村で 友も辛かろ せつなかろ
いつか帰る日を想い 一時帰宅」 と結んである。
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文面には避難生活の苦労や悔しさがにじみ出ている。
「今日も暮れ行く仮設の村で 友も辛かろ せつなかろ
いつか帰る日を想い 一時帰宅」 と結んである。
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2015年12月10日木曜日
原発事故に翻弄されてきた山木屋
川俣町の山木屋地区でも農地の除染が始まった
原発からは40kmも離れているのだが、飯館村同様避難地区だった。
ここで暮らす人はおそらく原発事故など頭の隅にもなかったと思う。
地震での被害はほとんどなく、原発事故に人々は翻弄されてきた
それだけに住民の苦悩は続く。
当時、この地区の人達が「東電社員に怒りをぶつけても埒が明かない」と
悔しいがる映像がTV で流れていたのを思い出した、今でも思いは同じだろう。
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原発からは40kmも離れているのだが、飯館村同様避難地区だった。
ここで暮らす人はおそらく原発事故など頭の隅にもなかったと思う。
地震での被害はほとんどなく、原発事故に人々は翻弄されてきた
それだけに住民の苦悩は続く。
当時、この地区の人達が「東電社員に怒りをぶつけても埒が明かない」と
悔しいがる映像がTV で流れていたのを思い出した、今でも思いは同じだろう。
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2015年12月5日土曜日
時は過ぎて行く.
浪江の請戸小学校の建物は,当時まま残っている。
保存するのだろうか。
教室の黒板には友達のこと、復興のことなど
前向きに力強いメッツセージが書いてあった。
小学生は戻れなかったはずだから、何時書いたのだろうか 。
時計の針は14:42で止まっている、黒板の「3月の目標」も残っている。
当時1年生は5年生に、6年生は高校2年生か、
請戸は時間が止まったのままだが、それぞれの生徒たちの時間は過ぎて行く。
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保存するのだろうか。
教室の黒板には友達のこと、復興のことなど
前向きに力強いメッツセージが書いてあった。
小学生は戻れなかったはずだから、何時書いたのだろうか 。
時計の針は14:42で止まっている、黒板の「3月の目標」も残っている。
当時1年生は5年生に、6年生は高校2年生か、
請戸は時間が止まったのままだが、それぞれの生徒たちの時間は過ぎて行く。
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2015年11月23日月曜日
心が痛む
浪江の山間部の県道114号線を走ってみた。
津島地区、避難地区で誰ひとり見かけない、もうすぐ5年目を迎える。
震災前に見た津島は、道路は車が行きかい、田畑を耕し、子供は学校へ、
年寄りは商店に寄っておしゃべりをして、穏やかな山村の暮らしをしていた。
わずか5年でこのようになってしまうのか、
これから除染をして元の津島を再生できるとは到底思いない。
原発事故とはこう云うことなのだ。音のない時代劇のセットのような風景を
見て遣り切れない思いになる。
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2015年10月31日土曜日
旭化成と東電
横浜の傾斜マンション、到底容認できる問題ではない。
しかし事後の旭化成の対応は真摯だと思う。
不祥事の反省と謝罪の内容は、被害のない棟を含め全棟を建替え、
仮住まいの費用、引越し費用 、慰謝料、の費用を保証し、転居希望者には
分譲価格で買い取る補償内容。
顧みて、原発事故の東電はどうだ、4年が経ち今だに7万人が避難している。
国、行政、と組んで年間被曝量を1mSvbから年間被曝量を20mSvbに変更し
住民の意思など無視して、とにかく早く帰還させ補償を打ち切りたいがために
帰れアピールに必死だ 。
旭化成と東電の違いは、旭化成には「消費者の信頼を要られない企業は存続出来ない」
の危機意識と会社のプライドがあるのだろう。
一方、東電は地域独占、役人とズブズブの関係で利益を確保し、倒産はありえいない
早く再稼働して、「原発事故の損失を取り戻したい」が最優先の会社。
その違いだ。
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2015年10月25日日曜日
3.11 写真展
福島の4年
「3.11」から4年が過ぎた。福島は地震、津波そしてあの原発事故と甚大な惨事に見舞われた。
なかでも、最大の被害は原発事故だ。首都圏で消費する電気をつくるため、国策として国と東京電力は双葉郡内に福島第一原子力発電所を作った。
地元には原子力交付金と云う名で金をばら撒き「安全クリーン・エネルギー」の名のもとに、次々と10基の原発が作られた。
「絶対安全」であるはずの原発があの震災で爆発し放射能をまき散らした。原発近隣の人達は被曝を恐れ、ともかく遠くへと、身ひとつで避難をした、逃れることが出来ない動物、海も山も農地もすべてが被曝した。
現在でも10万人の人達が避難生活を続けている。とくに大熊町、双葉町、浪江町の大方は帰還困難地域とされ、除染は疎か、立ち入る自由も奪われている。
とまれ、歳月と共にこの惨事が忘れられていく、風化させてはならない。ましてや、この福島の現状を見たならば、原発再稼働など絶対にあってはならない。
猪狩 英司
福島県川内村生まれ
東京写真専門院 卒業
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