2013年7月21日日曜日

福島市で暮らす子供たち

新宿ニコンサロンで開かれている、おがわてつしさんの写真展
『たからもの~ふくしまから~』を見ました。
震災後、福島市で暮らす子供たちを撮った写真展です。
キャプションを見ながら一点々見ると、放射能に汚染された福島で暮す
子供たちの現状に胸が痛みます。家族のこと、友達のこと、兄弟のこと、
将来のこと、ファインダーを見つめる瞳に不安が見て取れます。
小川さんの人柄と、ソフトなプリントの奥に込められた洞察眼は重い。

奇しくも今日は参議院選挙、福島で暮す子供たちの現状を
救済できるのか、あまり期待できそうもない選挙結果だ。

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2013年7月15日月曜日

海開き

福島県浜通りは、復興に向けて少しずつ明るい話題が増えています。
7月15日「海の日」にいわき市四倉海岸で、「海開き」が行われました。
浜通りは遠浅の海岸が多く、幾つもの海水浴場がありました。
昨年の勿来海水浴場に続き、今年は四倉の海水浴場が海開きをしました。
久々の明るい話題に、メデアも張り切っていました。
”海開きのお約束”水着の女性がカメラマンに向けて水をかけるシーン
は濡れるのでパスして、砂浜から撮りました。
  フクイチの敷地の地下水からは、高濃度の汚染水は止まらず、
海に放出されている現実もある「海の日」です。

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2013年6月30日日曜日

地震の予知はできない。

車の中でラジオを聞いていたら、高名な科学者が「地震予知は出来ません」と
断言していた。そう言えば地震学者が「今回の震源地はどこどこで、
マグネチュードは◯◯です、余震が来ます、充分注意して下さい」
いつも地震が来てからTVで同じセリフを言っている。 
「来る前に言えよ!」 とツッコミを入れながら見ている。
なぜ地震学者は予知が出来ると云うのか、そう言わないと
研究のための予算が付かないからだそうだ。
「今まで世界中で地震の予知が出来たことはない」とも。
しかし「運命」と座して待つのは、あまりに非科学的だ。

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2013年6月23日日曜日

原発は絶対安全

福島県富岡町は双葉郡でも、裁判所やハローワーク、スーパーマーケット
も数軒あり、地域の中心地だった。海沿いの平地は緑豊な農地たった。
事故前は電力関係者も住み、電力供給基地は町のシンボルだった。
町を語る言葉は過去形になってしまった。事故後6年は戻れない計画だ。

道路沿いの看板に「わたしたちの 小さな命 いつまでも大切に」と
願った子供たちはこの地を離れ、それぞれの避難先で暮らしている。

富岡町の地震対策を調べてみたら、平成19年にM7.7を想定して、
事細かに記載されている。が原発の地震災害のことは、ひと言も書いてない
”原発は絶対安全”を町自体も疑いもなく信じていたんだろうか?
http://www.tomioka-town.org/data/taishin.pdf

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2013年6月16日日曜日

「原子力災害時集合場所」


福島県富岡町を歩いてみると、公共施設や道路沿いの民家に
「ひなんばしょ 原子力災害時集合場所」の看板を見かける。
皮肉にもこの「夜の森保育所」は、今でも立ち入ることさい出来ない。
東電も町も”原子力災害はありうる”と想定していたのか?
そして、原発事故の際に、この場所に集合して、どのようにして
被曝を防ぐ手立てを考えていたのか聞いてみたい。
あらためて、気になるのはあの3月12日の原発爆発時には
この「原子力災害時集合場所」に住民は避難したのだろうか。
   [原子力広報・安全等対策交付金事業] と書いてある

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2013年6月9日日曜日

[3.11を忘れない写真家の会]

6月7日(金)~7月3日(水)まで福島県立図書館で[3.11を忘れない写真家の会]
「津波も、瓦礫もない写真展- 人、街、風景 -」が行われています。
私も福島県内の写真6点出品しました。福島市に行くことがありましたらお立ち寄り下さい。

福島県立図書館は県立美術館と併設して建っています。信夫山を背負って、建物、
ロケーション、素晴らしい建築です。また震災関連の資料はほとんど網羅されています。
写真展を見て、図書室で震災の考察をお薦めします。

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2013年6月1日土曜日

奪われたもの。

原発事故で奪われたものは、平和だった生活、土地、職場、
救われたはずの命、挙げればきりがない。ここにも、
奪われたのものがある、浪江町の大堀相馬焼。疾走する馬の絵と
無数ヒビが入った独特の色合い、350年の歴史を持つ生活陶器だ。
浜通りの家には1つや2つは何処の家にもあった、もちろん我が家
にもあった。震災前は30軒近くの窯元があり、福島県を代表する
工芸品だった。今は人の気配はない、浪江町でも最も線量が高い
さすがに車から降りるのは怖い、車内から撮った。
350年伝い継がれた大堀の窯元の煙突から、煙が登ることは無いだろう。